昔のラブレター
いまや結婚してしまい1児のパパになる拓哉君だが(未だにどう呼んでよいのか悩む^^;;) 1997年、今から4年前、私はとてもとても木村拓哉にハマッタのだった。 まだHPなど作っていない頃、こんな事を自分のノートブックに書きこんでいた。 あぶないおばさんなのね、昔も今も(爆!)。 今だから公開する昔のラブレター・・ (文は昔書いたそのまま) ------------------------------------- ネットのない時代でも、いつの時代でも、人は木村拓哉のような存在を必要とするのだ。 時代を射るまなざしと傷つきやすい魂をもつ一人の人間を求めるのだ。 なぜなら皆おのれ自身のなかにそのまなざしと魂のかけらを持っていて、託し場所を もとめているから。或時はそれが、ジェームズディーンであり、ジョンレノンであったりする。 彼らは別々の肉体をもっている一つながりの魂だ。一つの精神だ。 一人が消えると、またどこからか必ず現れる。われわれの求める気持ちが彼らを作り出すのか、 それとも、、。そんなことはわからないけれど、ある事実に思い至る。 彼らは日常の幸せから遠いところに留まらざる得ない。時代は残酷で、彼らをもてはやしたかと 思うと、まっさかさまに落としたりする。まっすぐなまなざしに耐えられない者が多いから、 突然笑顔をひっこめ攻撃の矢を放つ。 木村拓哉が真摯であればあるほど、出口は遠くて道は険しいはずだ。 私たちは真摯なものを求める一方で、つぶすのだ。拓哉の選択肢はないかもしれない。 なぜなら真摯であることをやめたら、それは木村拓哉をやめたのと同じ意味だし、 真摯であり続けたら、必ず行きどまりにぶつかる。 今の日本の状況で人は成熟したヒーローを求めているか。否、幼生未熟礼賛のこの社会では、 成長の過程を賞賛の眼で受け入れこそすれ、円熟の過程では皆もう関心を失っている。 青いもの、固いもの、みずみずしいものを好むこの社会で石原裕次郎は居場所を失い 醜い太った中年になり、沢田研二はまなざしを下げて隠者の振りを装う。 一体誰がいる?われわれの円熟したヒーローって。 ガンと戦うっていうキャプションがつかないかぎりもう話題にはのらない。 勝新?三船?みな、どうした。三船敏郎の黒澤作品を見ろ。あんなにすばらしい役者を なんで大事にしなかったんだ。この国は。 あの眼光。ふてぶてしい笑い。胸をすく大きく切れの良い動き。 彼を無用者にしたこの社会が木村拓哉をどうしてくれるって言うんだ。期待するな、絶対。 でもそれじゃどうしたらいいんだ。60歳のときに45の拓哉を見るにはどうしたらいいんだ。 私は彼が見たいんだ。45の拓哉が見たいんだ。彼は何をしてる?間違っても若いジャニーズの ドラマの主題歌なんて歌わないでくれ。人のよさそうなおやじづらのショーケンをやっているか? ジュリーは強い。彼はショーケンになるのを潔しとしなかった。でも、その彼すら、 キリンビールの宣伝で人のよい隠者をやっている。 期待できるのは三国連太郎路線か、津川雅彦路線か、、いつまでもいかがわしくいてくれ。 ------------------------------------- ああ、私ってなんて純情なのよ。 こんなにも拓哉君の将来を心配していたとは(笑)。 しかしこれってみーはー心理の真髄なんだよね。 後から振り返れば赤面するほど偉そうに心配しちゃうのよ。 これが野火のようにあっという間に広がる時があるのが、いつもながら 不思議なんだけど、そういう時代性がみーはーにはつきものなのだ。 あの頃は加藤登紀子さんも新聞で「火を噴けない過激さをもてあましているこの時代の 『理由無き反抗』をあなたならどう描きますか」なんて書いていたし、 蜷川さんも「冷たい炎を燃やすアウトサイダーたれ」と言っていたし、 まあ多くの人間がそういった事を期待した、ある意味木村拓哉の旬だったのだ。 そして月日が流れ・・ 結局成熟前が一番旬だったようで、、ちょっと悲しい。 想像していたものとは違ういかがわしさになってしまった気がしなくもない。
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