U-54「泥棒と探偵を」アン・スチュアート HI-9 Catspaw ( 1985 )
とっても楽しいロマンティックコメディ。ほんま、おすすめ。
邦訳はそれほど大きな省略もなく、無難にまとまっているかのようだが、
でも、これだけは言いたいっ!という、どうにも解せない省略がある。
そして、「違うだろーー!」って言いたい誤訳がある。
ってわけで、重箱のすみをつついてるみたいだが気兼ねせずに書いてしまう。


【省略】
ヒロインは掃除は一週間に1回しかしない(わたしも 笑)。
整理整頓が下手で、一週間のあいだに物はちらかり放題、流しも汚れた皿だらけ。
で、週末のそうじに、ベッドの下からいろんなものがでてくる。
邦訳ではナイキシューズの左足がでてきた、と書いてある。

本当は、ナイキの左足ばかりが4足でてきた。

をいをい、一週間のあいだに4足も、行方不明にして、何やってるんだよ、
というベタな笑いが消えている。
この週末、カジュアルな格好で出かけるんだが、そのとき、ナイキの右と左の
マッチしているペアがあってよかったぁ、と思うヒロインだった。


【誤訳】
ヒロインは9人兄弟で貧しい農家出身、貧困と多産の環境からはいあがり、
スタンフォード大学では優秀な成績をおさめ、現在は上院議員の総務アシスタントを
している。そして、ポーランド系の苗字を隠し、偽名を名乗っている。
元怪盗のヒーローは、それを見抜いて、ヒロインの過去についてたずねる。
そんなひとコマ。
ヒロインの妹が12才で腎臓疾患で亡くなったエピソードが紹介される。

「もしお金があったら、彼女は死ななかったと思うかい?」

「もしお金があっても、できる限りのことをしていれば助かっただなんて、
考えもしなかったでしょうね。」

うへっ、日本語としても妙な文だ。正しくは、

「わからないわ。でも、もしお金があったら、できる限りのことをしていれば
あの子は助かったんだろうか、なんて悩むことはなかったわね」


【重大な省略】
ストーリーのなかで大事な伏線が張られたところがここなんである。
この話は、エメラルド盗難の濡れ衣をヒーローにかぶせた真犯人を捕まえる話なんだが、
後半、真犯人がヒロインのことを本名で呼ぶシーンがある。
そして、一体だれが、真犯人にヒロインの本名を教えたのか、
本名を知っているのは誰だ、それはヒーローともう一人、アノ人しかいない!
アノ人は共犯者だったのか、、となるのだが、
そう、ここのシーンで、アノ人はヒロインを本名で呼んでいるのだ。
だから、後半ヒロインは「あっ、あの時・・」と思い出したのだ。
ところが、邦訳ではその本名を省略している。

「ばかなこと言わないで!」

ほんとは、「ばかなこと言わないで!ミス・ベルダホフスキ」

う〜ん、作家がわざわざ、物語の人物にこう呼ばせて伏線を張ったのに、
なんで、翻訳者の一存で、それを省略しちゃうわけ〜?


【もったいない省略】
ヒロインはただいま、将来有望な上院議員と婚約中である。だけれど、
ヒーローにどんどん惹かれてゆく。そして、ヒーローも、ヒロインが
気になってしかたない。
舞踏会イベントでのヒトコマ。

「きみはメリアム上院議員夫人として残りの人生を過ごすつもりらしいからな。」
「メリアム大統領夫人でならどうなの?」嫉妬しているヒーローをちょっとからかうと、
「それよりブラックハート夫人になるのはどうだ?」

このシーン、これだけでもウヒヒですが、本当はもうちょっと意味が深い。
つまり、フルネームが入っている。

「きみはミセス・フェリス・バード・メリアム上院議員として
 残りの人生を過ごすつもりらしいからな」
「ミセス・フェリス・バード・メリアム大統領で終わるかもよ?」
「それよりミセス・フランセスカ・ベルダホフスキ・ブラックハートに
 なるのはどうだ?」

ヒーローは結婚を匂わせるだけじゃなくて、本当の自分を生きろよ、
本当の姿のままを愛してるよ、、という気持ちをこめているのだ。


【誤訳、それとも翻訳者の好み?】
とうとうヒロイン、ヒーローとベッドインというシーン。
彼の裸をまともに見ようともしないヒロインに「チキン」とからかう。
チキン、そう、「臆病者」って意味だよね。
ところが、翻訳者さんはこれをどう訳しているか、知ってる?

「赤ん坊みたいでかわいいよ」

げぇーーーー!!いくらなんでも、これは。。。(爆)


【ひどい誤訳】
エメラルドを盗んだ疑いで、ヒーローの親友が警察に逮捕され、
さらに元怪盗のヒーローも共犯の疑いがかかる。
上記のベッドインしたあとのヒロイン宅に警官がやってくる。
ヒーローは、ドアをあけるな、こんなばかげたことで捕まるわけにはいかん、
窓から逃げる時間をくれ、と言うと。

「友達を見捨てるのが名誉だというの?」

ここです。このあとヒーローはうつろな目で、ドアをあけろ、と
言うんだけれど、ここはまるで誤訳だ。本当は、

「あなたの盗みを友達になすりつけるのが名誉だというの?」

そう、ヒロインは、単に友達を見捨てる、なんて言ったんじゃない。
あんたが盗んだんでしょ。それを友達になすりつけたんでしょ。
こう言ったのだ。
そして、ヒーローはうつろな目になったんじゃなくて、
目から感情がいっさい消えた。つめたい茶色。冬の枯葉のようだった。
そして激しい怒りをこめた声で言った
「ドアをあけろ」

このシーンのヒロインの言葉の重みとヒーローの怒りがまるで違う。


【省略】
真犯人の証拠を掴むため、ヒーローとちょっと冒険じみたことを
するはめになったヒロイン。
あやうく命を落とすところだった、さすがのヒーローも動転して、
ヒロインを抱きしめて、猛烈なキスをする。

「文句を言うより熱いキスのほうがはるかによかった。
温かく優しいキスがフェリスの恐怖感を取り除いていく。
目の前にピンクとブルーの星が散った。酸素不足でまた
気絶しそうだった」

実は、元の原書は「恐怖感を取り除いていく」なんて文章は入っていない。
元の原書は、もっと、とぼけた味なんである。

「ちょっと文句を言おうと思ったが、考え直した。
息をするより、キスのほうがはるかによかった。特に彼のおかげで
将来も息ができることになったのだし。
それに彼のくちびるはとっても素敵だ。
耳のなかでかすかなハンマーのような音がし始め、目の前にピンクと
ブルーの星が見え出した。キスをされるとこうなるのかしら。
そのうち気がついた。違う。単に酸素不足で気を失うところだった。」


【省略】
ヒーローがアメリカン・エキスプレス・カードを使って窓をあけるシーン。
一行くらいのことなんだから、こういうベタなセリフは省かないで
ほしかったなぁ。
「でかけるときはいつも忘れずに、だよ」