天空の蜂

おもしろいと気楽に言ってしまっていいのだろうか。
単なる犯人探しでもないし、痛快でもない。
スリルとサスペンスが溢れているが、心の残るのは生真面目な怒り、悲しみ、やるせなさ。

事件はプルトニウム増殖型の原発を中心に起こる。
緊迫した時間の流れ、多くの登場人物がうまく書き分けられ
それぞれの個性を放つ。残念だと思ったのは狂言回し役になるのかと思った
当初からの登場人物が途中から影が薄くなってしまったことだが、
それを差し引いてもなかなかの手綱さばきだ。
そして特定の誰というわけではないが重要な登場人物は大衆である。
電気のある便利な生活を享受しているのに原発はひとごとである
その他大勢の民衆である。
デパートの中、コンビニ、電車、駅、原発がどうなろうと今まで気にしたこと
なんてないけど、不便になるのはいや、そんな私たちである。
ぎりぎりのところで仕事をしている人が、都合の良い大衆に
行き場のない怒りを感じるのは当然なのかもしれない。
いじめの話も出てきたり、この作者は書きたいことがまだまだいっぱい
あるのだろう。

それにしても先日の東海村の臨界事故も含め、一番危険な仕事は結局は
人の手を使っているのに安全性を強調するあまり労災とも認められないのは
苦々しい。
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変身


『天空の蜂』を読んで以来、東野圭吾ははずれがないだろうと思っていた。
そしてこの作品は全く『天空の蜂』とは赴きが違う、サイコサスペンスだ。
じわりと怖くなり、しかし最後にほろりと泣かせる手腕も心得ている。

けっこうよくあるネタで、手塚マンガでこんな感じのを読んだことが
ある気がする。目新しいストーリーではない。
なのに面白く読めるのは、さりげない一行が効いていて
じわりと怖くなるからだ。東野さんは場面の描写がうまい。ぎこちない会話を
かわす様子やいらいらしてくる様子など、手塚マンガ的と言っていいか
良質のマンガが持つ豊かなイメージがあるのだ。

自分が自分でなくなっていく様子、主人公の描写も、僕は立ち上がった、などと
書いていたのが、いつの間にか俺は歩き出した、、になっている。そんなところも
怖いのだ。一晩で読めてしまうし、お勧め。


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