クライシスF

井谷さんの本を初めて読んだのは10年以上前、区の図書館で借りた 「貪食細胞」という本。まだバイオホラーとも言えるジャンルがなかったし、 環境ホルモン問題もなかった頃だと思う。ミステリーの棚に分類されていた。 内容は、特定の地域で一定の年齢の幼児が突然死することに興味を抱いた 主人公がその原因をつきとめるというもの。原因は遺伝子組み替えで つくられたダイズたんぱくを素材に使った食品にあったわけだが、 その合成ダイズたんぱくが悪いのではなくて、ダイズタンパクを合成している菌が 突然変異を起こして作り出した変異誘因物質がダイズタンパクと一緒に 精製されて食品になったことが悪いのだった。 非常に先見の明がある点は2つある。 1.今大騒ぎの雪印牛乳を予告したかのような、現場管理のずさんさが引き起こす災害。 工場の管理者がチェックをおろそかにしたこと、また突然変異に気づきあわてて正常菌に 代えたことは口外無用となっていた。 変異原は変異菌が使われていた期間につくられた食品にだけ含まれていたので そのころこの食品を食べた人に作用した。 2.その作用は次世代に影響がでるものだった。環境ホルモンと同様、発ガンテストだけでは わからない、生殖細胞に影響を及ぼす変異原という視点が斬新だった。 その時胎児だった子供たちが正常発生に損傷をうけ、3、4才ごろに失命する。 雪印牛乳騒動が食中毒でなく、変異原だったとしたら、笑えない話である。 さて、今回の「クライシスF」は、昔「貪食細胞」を読んだ身にとっては、 やや物足りない気がした。現代の生物学の技術と企業論理と災厄。書きたいテーマは ずっと同じようだが、KGBやらが登場しだすと話が安直になりがちだ。 そのあたりを世界規模の災害とせずに地味にした方がかえって面白かったかもしれない。 遺伝子組み替え植物が今度の主役だ。植物ホルモン様物質の遺伝子を組み込んだ ダイズ、小麦、稲、じゃがいも、とうもろこし。それらは普通種とくらべ発育が 数倍早くあっという間に世界市場を席捲する。しかしこのホルモン様物質は収穫物の中に 残存し体内にはいる。この物質は発ガン性はないが、実はトリパノソーマがひきおこす ねむり病の原因タンパクと類似していた(*注)。一方眠気すっきり!という栄養ドリンクが 売り出されコカコーラ、ペプシを押しのけて売り上げ世界一になるのだが、 このドリンクにはあのねむけ物質を無効にするタンパクが含まれていた。 だからねむけはすっきりするのだが、分解産物(または二つのタンパクの結合したもの?)は 小脳に沈着して小脳機能阻害を引き起こすのだった。 なにげない事故から世界規模の災厄を予見し調べる主人公なのだが、 このあたりはちょっと謀略ものになってしまって、大袈裟で残念だった。 しかし、複合汚染という視点は絶対大事だ。 だって遺伝子組換食品について、実際口にはいる時はいろんな食べ物と一緒に 入るのだから、単品で安全であっても安心できると言い切れないよね。 (*注) この本では眠り病の原因たんぱく質という物が出てくる訳だが、 トリパノソーマのひきおこす睡眠病の原因が本当は何なのか知らなかったので、 ネットで調べてみた。しかし専門のサイトに行っても良く分からなかった。 原虫が神経細胞に寄生することによる物理的障害のような気もするし、毒素を 産生しているのかもしれないが、症状や経過などは詳しく書いてあっても 真の病原性は何か、ということを書いているHPは見つけられなかった。
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