Mary Balogh の「A Precious Jewel」
この話を読んだあと、同じ作者の「The Secret Pearl」を読んでみて
「A Precious Jewel」 の放つメッセージの強さをあらためて感じた。

どちらも、やむをえない事情で娼婦となったヒロインと紳士ヒーローの出会いを
描いているが、一見すると似た設定でありながら、恐ろしいほど衝撃度が違う。

この時代、皿洗いになるにもしかるべき身元引受人や紹介状が必要だった。
身寄りをなくし、親戚筋から冷たくされたヒロインは、盗みを働くか、
身を売るか以外に生きていく道はまずなかった。
金を払う男に足を広げるという仕事を、もちろんどちらも誇りに思ったわけではないが、
いずれのヒロインも生き延びるために出来ることをしたことを悔いてはいない。

彼女たちは「生きる」ために戦った自分を恥じていないが、
自分という人間の価値とは何なのか、考えずにはいられない。
いったん娼婦になると永久に娼婦というラベルをはずせないものなのか、
人間の価値とは何なのか、二人とも娼婦という意味を常に問いかけている。

さて、Secret Pearlはしっとりと胸打つ、なかなか良いロマンスではあるが、
ヒロインを娼婦に設定した意味は、あまり無いように感じる。

娼婦であったから、自分の価値は低いと言うヒロインに対して、ヒーローの答えは2回登場する。

1回目は、「君が罪びとだとしたら、わたしも罪びとだ、なぜなら、
わたしは不貞の罪をはたらいたのだから」

そう、彼にとって妻を裏切ったことが罪なのであり、娼婦を買ったことが罪なのではないのだ。


2回目は、「自分が彼女の最初で唯一の客であったことを感謝している。
でも、たとえ他の男性たちに身を売っていたとしてもそれはすべて過去のことだ、
自分も結婚前にたくさんの女と寝たが、それでも君はわたしを愛してくれるだろう?」

真実の愛さえあれば、過去に邪魔されないとヒーローは宣言するが、
娼婦問題というよりも過去の性体験を問う視点にすり替わっている。
複数の紳士に買われた女性をパートナーとして持つと味わうだろう侮辱を
ヒーローはわかっていない。
知り合いの紳士が何人もヒロインを知っていて、彼女にあんなこと、こんなことをさせた、
なんておしゃべりをされる未来を、全然想像していない。

この物語のヒーローは、ヒロインが娼婦となったことをプライベートな視点でしか見ていないと感じる。


娼婦になった女性を愛することができるのか、、という問いは、もっぱら
ヒロインのことを好きだった教区牧師に問われるのだが、、
彼は、娼婦を認めるか否かという、自分のモラル以上の苦痛を感じることはない。
ヒロインが娼婦であることを知っているのは、プライベートな人間だけだから。
そういうわけで、彼は教区牧師の社会的地位をヒロインのために犠牲にする覚悟が
あったかどうか、分からない。(おそらく無いだろう)


一方、「A Precious Jewel」の物語は、ヒロイン/ヒーローともに、娼婦というものの
意味をとことん考えさせる。

いったん娼婦となった女は永遠に娼婦なのか?
娼婦は蔑まれるのが当然の罪を犯しているのか?

娼婦というラベルは、どこにでもついてまわる。

「そんなにあの女は(床あしらいが)いいのか?」と不躾に笑う友人がいる。
をいをい、娼婦に本気なのか? と訊かれ、え・・は、は、まさか、、と答えると、
「そうか、それならお前が飽きたら俺にまわしてくれ」と下卑た笑いで言う友人がいる。

夫探しが最大の関心事で、殿がたをゲットする事に余念がないレディたちは清らかで、
男性と寝る娼婦たちは穢れていて、娼婦と寝る男性は経験という箔がついて、、
貴族社会の欺瞞 男性上位社会の勝手 作者の筆は厳しい。

彼は独身であるので、不貞の罪をはたらいているわけではない。
社会的には、娼婦を買っても何一つ悪くない。

娼婦は罪びとだが、娼婦を買う独身男性は無問題?

いや、彼は、女性に対して大きな過ちをおかしている、と感じずにはいられなくなってくる。
彼女にひどい事をしていると自覚している。しているんだけれど、社会の通念に
異議申し立てをするほど強くもない。。


自分の価値、誇りは、娼婦という仕事をしたとしてもなんら変わっていないと
強く信ずるヒロインだけれど、世間は娼婦というラベルで人を判断する。
彼女は、ヒーローへの愛が契機となって、辛く厳しい決断をし、
自分の人生を切り開くために歩みだす。

ヒーローは、彼女の勇気にみあうほどの強さを持てるのだろうか?


この物語は、娼婦と紳士という設定をした意味を、最後の最後まで突き詰めて展開して、
ラベルに左右されずに「人間の価値」をみさせる「愛の力」を、
自分が持っているとは気づいていなかった勇気を奮い起こさせる「愛の力」を
素晴らしい美しさと厳しさで描いている。

さほど厚くないカテゴリーロマンスだが、滅多にないほど胸に迫るものがある。
ぜひ一読を・・・