Andrew Marvell -- To His Coy Mistress



アウトランダーシリーズ2巻DIAには、墓のイメージがつきまとう。
邦題はもろ「ジェイミーの墓標」なんでイメージがつきまとうどころじゃないが、
原書は、地下深くに流れる暗い水が、死の影、つめたい墓所のイメージを静かに歌っている。

ファンタジーファンなら知っていると思うが、ピーター・S・ビーグルの
「心地よく秘密めいたところ」は墓所を舞台とする不思議な物語で、
なんと素敵な題をつけたんだろうと昔から思っていたが、
原題「A Fine and Private Place」の出所を知らなかった。
今回、DIAを読んで初めて、このフレーズがとても多く引用されているフレーズだと
知り、またいつもどおり、西洋詩はまるで無知なので、元の詩は有名な詩なんだ、と
あらためて知ったわけだ。

そういうわけでマーヴェルの詩について、ちょこっと書こうと思っていたのだが、
その前に少し脱線をする。。。

運命の皮肉に翻弄され、アレックス・ランダルの臨終の場で
結婚の立会人をすることになったジェイミーとクレア。
帰宅した二人の間には重苦しい空気が満ちている。
ランダルにかかわるすべてのものに呪詛をはきたいジェイミーの気持ちが
いやってほど伝わってくるシーンだ。

そして、わざと傷つけるかのように肉体の痛みを確認するかのように
クレアを乱暴に抱くジェイミー。
すまない、、
いいの、わかっているのよ。。

命のはかなさを、骸の冷たさを思い、クレアはマーヴェルの詩の一節をつぶやく。

「墓は人目につかないけっこうな場所で
そこで抱擁しあうものはおりますまい」
。。。。。。。。。。。。

ヒストリカル物じゃあるまいし、こんな言葉、クレアが言うって?(>_<)
なんで?なんで、こんな胸が切々と痛くなる場面で「おりますまい」なの?
マーヴェルの詩って、恋人に宛てた詩よ。翻訳文にわざわざマーヴェルの詩だと
入れるくらいなら、もうちょっとロマンティックに、っていうか、
「おりますまい」じゃラブレターにもならないわ・・・

クレアがつぶやいたのはこの一節。

The grave's a fine and private place, 
But none, I think, do there embrace.

すこしロマンティックに意訳すると

墓所は心地よく秘密めいたところ、けれど、
お前を抱きしめるものは誰もいない・・



さて、

アンドルー・マーヴェル(1621-1678)のこの詩は「To His Coy Mistress」という題で、
「はにかむ恋人へ」とか「恥らう恋人へ」と呼ばれている、かなり長い詩だ。

全文はこちら。

けっこう男の身勝手な内容で、恋人にむけて熱烈に愛をうたう前半と、
後半は、でもね、時は情け容赦なく襲い掛かってきて、お前も年老いて死ぬんだよ。
だから若い美しいうちに愛し合おうじゃないか、って、つまるところ
強引にくどいてる(笑)。

この「時間の流れ、時が容赦なく進む」というイメージの部分は以下のとおり、

But at my back I always hear 
Time's winged chariot drawing near: 


だが私にはいつも聞こえる、私の後ろから
翼をもった『時』の戦車の轟きが近づいてくるのが


だから、DIAの世界の中でこの詩が使われると、それは
「墓所」だけじゃなくて、「今しかない」という貴重な「時」を、
どんどん減ってゆく時間を、ふたりに残された時間が短いことを
いやがおうにも感じさせてくれる。

そういう詩をここにもってくるガバルドン、憎いわ。

( 詩の訳はわたくしめですので、あまり出来がよくなくても勘弁してくださいね )

<雑学>
アーシュラ・ル・グインも「帝国よりも大きく、ゆるやかに」という話を
書いているが(風の十二方位 収録)、それはこの詩の中に出てくるフレーズ、
「Vaster than empires, and more slow」
をそのまま題名としたものだ。
また小説世界そのものが、マーヴェルのこの詩に出てくるVegetable Love から
イメージを受けたと思える。