という関係で、ピョートルは過去に優等生の長男を失っていて、自分の思い通りにならない次男アラールに内心失望や不満を抱いているという背景がある。
1) ピョートルは奇形の胎児マイルズを殺そうとして失敗し、アラールへの説得も失敗し、たとえ生まれてもマイルズを認めないと言った。
2) 反乱軍に人工子宮(マイルズが入っている)が奪われたが、アラールの妻が決死の思いで取返した。
3) マイルズは無事誕生したが、予想どおりの奇形であり、ピョートルはそれを嫌悪し、再びアラールを罵倒した。「おまえの兄が生きていれば・・」
ーーココカラ翻訳引用
「兄上が生きていたら、さぞかし完璧だったことでしょうね。・・略・・ あの血にまみれた晩餐会以来、ユーリ狂人皇帝の死の小隊の目を逃れて生き残ったこの息子で間に合わせるほかなかったわけでしょう。ぼくらはヴォルコシガンとして、なんとか間に合わせているんです」
彼の声がさらに低くなった。「だがぼくの長男は生きていきます。ぼくはしくじったりしない、ちゃんと育てあげますよ」
その氷のように冷ややかな言葉は、、略
アラールは思いなおす表情になった。「二度とふたたび、しくじったりしない」 ゆっくりと自分の言葉を訂正し、
「父上、もはやチャンスは残されていないんです」
ーーココマデ引用
わたしはチャンスが残されていない、という点に引っかかった。
コーデリアがもう二度と妊娠できないという意味だろうか? それにしては「氷のように冷ややか」に父親と対峙するのはおかしい。
【原文】
"If my brother had lived, he would have been perfect. ..略.. So ever
after you've had to make do with the leftovers from that bloody banquet, the son Mad Yuri's death squad overlooked. We Vorkosigans, we can make do." His voice fell still further. "But my firstborn will live. I will not fail him."
The icy statement was a near-lethal cut across the belly, 略
Aral's expression grew inward. "I will not fail him again," he corrected himself lowly.
"A second chance you were never given, sir."
again と second chance が呼応している。 againを説明し直しているわけだ。
翻訳者のとおりに(もしこのチャンスをつかまないと二度とチャンスは訪れないだろう)という仮定法だとすると、
you were ではなく、you would never be とか you could never be になるはずで、
ここは、
仮定法ではなく、単純に過去形として訳すのが正しいのではないか。
あなた(父上)には訪れなかったセカンドチャンス、と解釈する事によって、この単純な文章が、アラールの痛みを伝えるのだ。
アラールは心の内に思いをめぐらせているようだった。「二度としくじるつもりはありません」 静かな声で言い直した。 「父上が手にすることのなかった二度目のチャンスですよ」
兄の代わりを要求され、いつも兄の影を感じていた、
出来の悪い次男が生き残って申し訳ありませんでしたね、あなたには私しか残らなかったんですよね、という自嘲と、
あなたさえ目を開けばいつでも家族再生のチャンスはあったのに、
私を私自身としてまるごと受け入れようとしませんでしたね、という苦い思い、
短いセリフには父ピョートルに対する自嘲とも決別とも取れる気持ちがこめられている。
「わたしはどんな息子でも心から受け入れ大事に育てる」というアラールの宣誓ではないか。
小木曽さんの訳だとアラールとピョートルの父子の葛藤がぬるい感じだ。
ユーリ狂人皇帝が行った血塗られた晩餐会の残り物 the leftovers from that bloody banquet,という部分も翻訳はただ、掃討隊の目を逃れて生き残った、というように訳しているが、掃討隊の目を逃れた「晩餐会の残飯」「余りモノ」というニュアンスがあると思う。
翻訳だと心の奥深くでくすぶっていたアラールの痛みや怒りが見えないのが残念だ。