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コンピュータ雑感2へ

1999年 11月4日

マッキントッシュに三日間奮闘した甲斐がありました。
100%快調、今までのちょっとした不具合もすっかりなくなって、
ああ、やっぱり人生塞翁が馬です。(笑)

どつぼにはまった本体に、OSを入れ直して、これでオーケーの予定が
どうしてもうまくいきません。立ち上がるやいなや死んだり、
おっ、今度は平気か?と思ったらふいに死んだり、もう、むちゃくちゃな
症状がでてしまいます。結論から言えば、入れたOS8.0は他のマシンの
システムフォルダーをそのままコピーしたものなので、余計な機能拡張が
たくさんはいっていて、これらが複合的に影響を及ぼしたのです。

3日間、発端の外付けHDの初期化から始まり、どんどん泥沼に入り込みました。
とあるディスプレーにつないだ時は画面が出ていたのに、別のディスプレーに
つないだら全く画面がでなくなったり、スカジーを全く認識しなくなったり、
しまいにはどうしても立ち上がらなくなったり、「あー!もう手がすべって
落っことした事にして私の給料で新品を買いたい!!」って本気で思いました。

マック大好き人間のもう一人の人と延々格闘して、機能拡張をきちんと整理したら、
何となんとの難破船!(って知りません?タンタンの冒険の)
今まで死にまくりがうそのようにピタと止り、機械は正直だなあと
つくづく思いました。結局人間の間違いなんですね。このマシン故障してるんちゃう?
なんて思った私がばかでした。

それにしてもマックをしばらく見たくない心境です(笑)。
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10月26日

今日はさんざんだった。
一日中マックにはまっていた。

共通機器のG3アップグレードボードを入れたマシンが立ち上がらなくなった。
見ると外付けHDが認識できなくなっている。初期化しますか?と
いう画面が起動時に現れる。
金曜まで正常に動いていたのに、なんで急にHDがつぶれちゃったの?
他のマシンにつないでみてもだめ。まずいことにこのアップグレードマシンは、
本体OS漢字トーク7.5.3で外付けHDにMacOS8.0をいれていた。
そして7.5.3ではキャッシュスピードやビデオカードとの不具合からなのか、
どうしてもマシンは立ち上がらないのだ。CDからも起動せずどうすることもできない。
とりあえずとなりに並んでおいてあるG3マックとこのマシンを交換する。
故障したマシンにはSCSIでフィルムプリンターが
接続されており、これを使用したいという人が待っているのだ。

ところが、G3マシンをつなぐとフィルムプリンターのドライバがない。
ドライバをインストールしようとインストール用のFDをUSB接続のFDドライブにいれると
2枚目のFDをいれる段になって、どうしてもマックは2枚目を認識しない。
昔のドライブなら自動的に一枚目を排出し、2枚目を入れろと言うのだが、
USBドライブだと自動排出ができない。それでマニュアルで
取り出すと、勝手に取り出すなと文句をつける。
これではどうしようもないので、別のマシンにインストールしてドライバを
コピーする。ところがG3マシンのOSが8.6のせいか、
今度はフィルムプリンターにプリントがうまくできない。
フィルム定義ファイルをインストールしたり、あちこちいじったりしてもだめ。
このあたりで既に何時間費やしただろう。

やはり先ほどのマシンをよみがえらそうと決め、G3アップグレードカードを
抜き、元のCPUボードを戻す。これならOS7.5.3で起動するはずだ。
ところが起動はしたものの、コンパネの共有設定など一部の機能が
うまく動作しない。もうこの辺になると、どつぼにはまっていると実感する。
この際本体のOSを8.0にしようと思うが、OS8.0のCDは借り物だったので
今ここにない。確か、もうひとつ別の部屋のマックの外付けHDに
8.0のシステムフォルダーがあったはず。それをコピーしようと、
別の部屋に行って外付けHDをはずして持ってくる。問題のマシンにつないで
やれやれか、と思いきや、なんとこのHDを全然認識しない。
スカジーユーティリティをいくつか試してみるが、どうしてもマウントできない。
もう、このマシン、調子悪すぎ。。どうしようもない。

本体にシステム8.0をコピーできないとなると
やはり外付けのHDを初期化して、ここにOS8.0をいれるしかないなあ。
。。。。。。。。。。。。。。

こんなことをしているだけで一日が終わってしまった。
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8月29日

延ばしに延ばしていた作業ーCドライブ全部をフォーマットしなおして
Win98を入れなおすーこれをとうとうやることにした。だめもとで
上書きのインストールをやってみたが、起動時にとまる現象は相変わらずだった。
FDISKでいったん開放して、また割り当て、フォーマットをして、さあて、
と、すいすい行くはずだったのに、なぜかインストールができない。
ピポピポと警告音がなって、フリーズする。やめてくれよぉ。。先は長いんだよぉ。

何回か無駄な努力を繰り返し、ようやくCMOS設定画面で、ウイルスチェックが入って
いることに気づく。すでに一時間は経ってるなぁ。。
Win98インストール、グラフィックボード、メインボード、モデムカード、
サウンドカード、プリンター、スキャナー、よしよし順調だ。
残るは、IEEE1394アダプターのドライバだ。AHA8920ドライバをインストールし
再起動すると、な、なんと、、同じメッセージがでて止まった。
これだったのだ。なんてこったい!
このドライバをシステムのデバイスマネージャーから削除してみると、
起動は一旦停止することなく進んだ。

このドライバを削除するだけでよかったのね。おそらく、たぶん、きっと。
でも全部、空(カラ)にしたから、これからインストールするもの、全部で
30個は優にある。まあ、ぼちぼちやるしかない。この作業をしなかったら
原因は見つからなかったのだし、しょうがない。
結局のところ、自分が悪い。
変な現象がでる直前にやった作業が特定できなかったのだから。
あれをいじり、これをいじりして、何が悪かったかが
分からなくなっていた。
でもさあ、何か一ついじるたびに再起動をやっている人って
いるのかなあ。。

それにしてもマックだったらOSを入れ替えたりするの、とっても
簡単なのに、ウインドウズは全部初めからやり直しとは、
大変過ぎ!
こうしてウインドウユーザーは鍛えられ、少々の事にはぐっと耐え
我慢強くなってゆくのね。。。

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8月9日

生物の世界ではテリトリーとか棲み分けといったものがある。
それぞれの生きる領分を侵さないように、うまく共生する知恵だ。
自分のテリトリーに入ってくる敵に対しては徹底的に戦うけれど、
むやみにテリトリーを広げるわけではないので、領土と訳したとしても
人間が隣国を滅ぼして帝国を拡大してゆくといったものとは全然違う。
棲み分けも、同じ場所に住んでも、植生やえさが互いに違うから
相手の生存を脅かすことなく共生できる。

なんで急にこんなことを書きたくなったかというと、インターネットで
いろいろなHPと瞬時にリンクできたり、簡単に自分のHPができるのは
とても楽しいことだけれど、棲み分けができなくて棲む場所が狭くなって
ゆく気がするからだ。

たくさんの掲示板がある。どの人も皆好きだから、おじゃましたら、
何かコメントを残さないと悪いって思う。
でも、そうしてみても、いつもいつもすべてをチェックしていることは
できなくなってしまう。それに、それぞれ、自分のねたは自分のHPで
書いたほうが早いってなってしまう。

そのうち、いつのまにか前より小さな集団になっている気がする。
いつのまにか分散してしまって、
つながっているようで、実が皆がばらばらの個になっていく気がする。

こんなの意識するのばかばかしいかな。

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7月18日

UNIX(ユニックス)って、ちょうどウインドウズのプログラムから
'MSDOSプロンプト'を選んだ時にでてくるあのウインドウを
想像すればいいんじゃないかな。
あんな感じのウインドウが3、4こ開いているのが、いつもの仕事の画面かな。

UNIXがとてもすぐれている点は、基本的にマルチタスクなところ。
つまり、こちらのウインドウでやっていた作業がハングアップしても、
別のウインドウから、おかしくなった作業を終了させることができる。
システム全体がフリーズすることはめったに起こらない。

また、はじめから複数の人間が使う事を前提につくられているから、
使用するためにまずユーザー名とパスワードを決める。そうだから、
すべてのファイル(プログラムでもなんでも)に所有者が決まるし、すべての
作業はやっている人が誰だかわかるようになっている。

大事なファイルはルート(スーパーユーザーともいわれる)しか変更できないし、
中身が見れないものもある。マシンをとめてしまうような重大なコマンドは
普通のユーザーが命令しても受け付けない。ルートと呼ばれる人しか命令できない。

だから、とても信頼できるOSで、マックやPCのように複数の人がさわって
システムが変になる事はめったにないし、基本的に24時間、365日つけっぱなし。

一台のワークステーションがあるとして、そこの前で直接キーボードを
うっている人以外に、別のマシンからログインしたりテルネットしたりして
そのワークステーションに入ることができる。
私の入っているプロバイダでも
telnet people.or.jp
って、ターミナルソフトをつかって接続すれば、
peopleのサーバーマシンに入る事ができるし、
どこのプロバイダでも交付されたユーザー名とパスワードではいることが
できるマシンがあるはず。

さて、それでは、UNIXOSで、どんなことをするか。
私は基本的にコマンドをうって、何かをやらせるのが主な使い方で、
ワープロとか表計算とはちょっと使う目的が違う。

ちょっと考えてみて。例えば、Aって名前のフォルダーにindex.htmlって
名前のファイルがあるとして、
Bって名前のフォルダーにもindex.htmlがあって、
Cフォルダーにも、Dフォルダーにも、、、
これが、もし1000個のフォルダーだったとして、この全部のフォルダーの中の
index.htmlというファイルを、区別するために、
A-index.html、B-index.html、、って名前に変えたい時、どうしたらいい?

数が少なければ手作業でいいけど、多かったらやってられないよね。
こういうとき、UNIXだったら、perl(パール)ってプログラム言語で
一気に名前を付け替えるスクリプトを書いて、実行できる。
他にも、たくさんのファイルから、ある言葉をぬきだしたり、並べ替えたり、成形したり、
文章の処理に関係するプログラム言語やコマンドがすごく多い。

そういえば、HP上のちょっとしたプログラムはcgi-binって呼ばれる
プログラム群を動かしているけれど、これはほとんどパールをつかって
書いてあるプログラムだよね。
カウンタとかもパールだったんじゃないかなあ。

あと、UNIXはもともと研究機関で発展したものだから、フリーソフトが基本で、
ほとんどのアプリケーションはネットからダウンロードしてくる、つまり無料。
商業用のもあるけれど、フリーのものの方が完成度が高いことも多い。
特に世界中で使われている有名なプログラムなんてみんなフリーのもの。
こういうのに、貢献しているのは圧倒的に外人さんで、日本発のものは
ちょっと少ないのが残念。

PCでUNIXを使うんだったら、今やLINUX(昔はライナックスって
呼んでたけど、どうやらリヌクス?)でしょう。
私はFreeBSDをノートパソコンに入れてるけれど、最近LINUXに
入れ替えようと決めました。なぜって、フリーソフトの大半がLINUX用になってきて、
FreeBSDでは使えないプログラムが増えてるんです。大号泣。。
今は4GのHDを3Gと1Gにわけて、3GのほうにWindows95、
1GのほうにFreeBSDを入れてます。
起動すると、どっちにする?ってきいてきて、選ばずにほっておくと、
前回使ったほうが立ち上がる。こんな感じです。

私はほとんど素人で、特別に情報の勉強をしたことがないんで、間違っていることを
書いているかも?そうだったらごめんなさい。

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7月6日

10数年前(!)、当時保育園通いの私は、どうしても仕事を家にもって
帰らなければならなかったから、ラップトップを買った。だから
最初から仕事用だったので、あまりPCに詳しいわけではなかった。
使うのも一太郎やワードスターといったワープロソフトだけだった。
一太郎だって、フロッピー2枚で動いた時代だ。

でも、使っているうちに自分用にカスタマイズしたくなったりした。
当時はMSDOSだったから、autoexec.batやconfig.sysを
雑誌を参考にしていろいろいじったものだ。
マックを持っているのは一部のおたくだけだったし、すごく高かったから
マウスを使うマックはあこがれ、高嶺の花だった。

あのころBASICの本を買って、単純なゲームプログラムを書いたり
pHやpKの曲線をかくプログラムを作ったりした。MSDOS時代は
結構長い。たしか子供用に掛け算テストのプログラムや
難しい読み方の漢字問題プログラムを作ったりして、
あんどん −> 行灯
なんてやって、一人で喜んでいたっけ。(あまり子供には受けなかった。。)

そのうちやっとマックも使うようになった。人から譲り受けたマックは
いまではなつかしいSEで、マックが使えるのがうれしくて
たまらなかった。だいいちハードディスクがついているっていうだけで
うれしかったのだから。(今時ハードディスクがついていないパソコン
なんて、ないものねえ)。

PCもようやくWindows3.1がでて、喜んだけれど、ネットワークの設定が
すごく面倒だった。ほとんどの人がカメレオンをインストールしたと
思うけど、それでもハードウェアによってはうまく動かなくて、とても
苦労した。

UNIXもその頃に勉強した。春休みに「初めてのUNIX」を読んだだけの
知識で、無謀にもネットワークサーバーの立ち上げを手伝って悪戦苦闘、
sendmailが動いたときは感動だった。まだウェブなんてなかったから、
かえって初心者の私にはよかったのかもしれない。
とっても基本的なことをこの時教わったと思う。
その頃インターネットはみなネットワークのプロのような人ばかりだったから
インターネットのニュースに質問を出すときはとても緊張したなあ。

はじめてWWWブラウザであるモザイクが世にでたとき、こんなに便利になるとは
思ってもみなかった。ハイパーテキストメタラングウェッジ(html)
この形式で書きさえすれば、どんな端末からも見ることができるなんて
ほんとに驚きだったし、遠くのサーバーの画像を見ることができるなんて
びっくりだった。

あれから、あっというまにいろいろ出来て、今では
私なんて全然ついていけず、まあ仕事で使うソフトが動けばいいかあって
感じで、未だにマックはOS7.5.3だ。
パソコンばっかりは長くやっていても、あまり助けにならない。
今時の知識って奴のほうが重要だもの。
でも、PCやマックの雑誌を読むより、サッカー雑誌を読むほうが
だんぜん多いこのごろ。。

ちょこっと注釈・・UNIXっていうのは、OSの一種で、
たとえばウインドウズ95をインストールする代わりに、UNIXOSを
インストールしてPCを使うこともできるんです。それで何をやるのか、というと
UNIXOSで動くプログラムってとってもたくさんあって、
実はけっこうなんでも出来るんです。
ほとんどのプロバイダのメールサーバーはUNIXOSで動いていると
思うし、ホームページを運営するWWWサーバーもUNIXOSで動いているでしょう。
では、私はなんのためにFreeBSD(UNIXOSの一種)をインストールしているかと
言うと、悲しいかな、やはり仕事を家でやるためなんですよねえ。
いつまでたっても、これだ。。

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7月3日

プロサイドは起動のさいに必ず、「例外0EがVxD−−の0028:00700469で発生しました。
VxD GFX(01)+000015B0の0028:C145A760からの呼び出しです。このまま続けても
かまいません」のメッセージで止まる。こんな警告を見ただけで原因のわかる人なんて
一体何人いるのだろう。ディスプレイドライバの関係だと思うのだが、Bootlogを
とってみても、ちっとも分からない。何かキーをたたけばそのまま続行するのだが
これが結構めんどくさい。スイッチを入れておくだけでは立ち上がらないというわけだ。
ノートンとリアルヘルプというシステムチェックソフトで調べてみたのだが
変わりはない。これが困っていることなのだ。リモートパワーオンを
やってみたいのだが、この障害があるとだめかもしれない。

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7月2日

家ではエプソンのMJプリンターを使っているが、小さいキャノンのBJプリンターを
ノートブック用に持っている(主に息子が使っているが)。これにスキャナーが
オプションで付けられる。今日はじめてこれを使ったみたら思ったよりもいい。
インクカセットとスキャナーは同じ大きさで、これを交換するだけだ。
プリント用紙のかわりに写真をおいて、スキャンすると、意外にきれいな画像が
得られる。壁紙とスクリーンセーバー両方、好みのお顔に変えてしまった。

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6月23日
通販のマシンはプロサイドという。これにビデオカード、スカジー
サウンドカード、モデムカードを差している。下に書いたIEEE1394
アダプタカードを差すまでは調子が良かったのだが、
空いているPCIにアダプテックのものをさして、ぬいて、を繰り返して
いるうちに、システムチェックソフトがPCIステアリングがおかしいと
警告を発するようになった。なに、それ?とシステムを見ても
全然わからない。いろいろ悩んだ末、システムチェックソフトを
スタートアップからはずしてしまった(笑)。
ビクターのを差している今もこの警告は解消していない。
しかし、困ったことはこれではない。
また今度。

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6月21日

通販のマシンは起動の時に困ったことがおきる。
このことについてはまた今度。

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通販のものはメモリを128にして、内蔵のSCSIHDを増設し、
IEEE1394アダプタをつけた。家庭用デジタルビデオで撮影した画像を
とりこみたいと思ったからだ。しかし、このIEEE1394アダプタには
苦い目にあった。このボードを作っているのはADAPTEC社でよそにはOEMで
提供しているのだからと本家から買って大失敗をしたのだ。
一番おまけのソフトが少ないしドライバもWin98に対応していない。苦情を
いってものれんにうで押し。結局同じ製品なのに、ドライバが98に
対応しているビクターのものを再度買ったのだ。
動画は簡単に富士フィルムが出しているスフィンクスプロというもので
取り込んでいる。けっこう、これがおもしろい。

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6月20日

今私用で使っているのは、通販で買ったタワー型
PentiumII 266を Windows98で、
東芝のnotebookサテライトプロPentium166をWindows95と FreeBSDで、
マックのPM6100/66(古いねえ)をOS7.5.3で、
ThinkPad530CS Pentium90相当ってやつを初期のWindows95で、
と4台なんだけれど、仕事ではSUNのワークステーションをずっと使っている。

まずい!って分かっているけど、つい今使っているマシンで
メールを読んでしまって、メールがばらばらになってしまったり、
どのファイルが新しいのか分からなくなったり使いこなすのが難しい。
複数のマシンを使いこなしている人はどんな工夫をしてるんだろう。

一応ThinkPadが趣味用でここに載せたあれこれをメモっていたのは
このマシンだったけれど、早いマシンに慣れてくると、
愛情たっぷりのThink君でも時には浮気したくなるから始末に悪い。

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6月19日

はじめてコンピュータが身近にきたのはNECの88だった。
父親が買ったそのマシンは、カセットテープからプログラムをダウンロードした。
次に触ったのは大学のOKIのifシリーズだった。
8インチのフロッピィに感動したものだった。
自分で買った初めてのマシンはエプソンのラップトップ。
6Kgもあったけどすごいって思ったなあ。MSDOSの3.1だったか?
もう忘れてしまった。
そういえばこの頃はラップトップという言葉すら聞かない。

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