フレームシフト


今のヒューマンゲノムプロジェクトが我々にもたらすものへ警鐘、と
今の分子生物学研究の成果を広く伝えたいという作者の情熱を感じる
力作です。しかも心に響く人間愛を描いていて(泣けます)、
しかも、フーダーニット(誰がやったか?)というミステリーの
面白さも備えています。

作者は主人公の周囲で起こる殺人事件を発端にして、
重篤の遺伝病をもっている主人公がどう人生に立ち向かうのかを描き、
そこにゲノム研究に関係する諸問題をからめ、
さらに分子生物学者である主人公の研究テーマとして
フレームシフトと遺伝子配列のSF的アイディアを語っています。

SFとしてではなく、現在のゲノム研究がもたらす現実をもっと皆に知ってもらいたい。

遺伝子診断の問題。
重篤の遺伝病をもっていると知った人間はどう生きるか。(ガンの宣告どころじゃない)
そして将来の問題として、
病気の遺伝子が出世時にわかってしまうとしたら、人はどう生きるか。
病気の遺伝子が出生時にわかってしまうとしたら健康保険、生命保険はどうあるべきか。

そしてハンチントン病の原因遺伝子についての紹介では、もっと補足したいことが
あるので別に書きました。(この原因は私も2年ほど前に聞いたとき、かなり
ショックを受け、シンポジウム後、友人に興奮してしゃべりまくった思い出があります)

さらに作者は欲張りで(笑)、クローン研究にまで話は広がるのです。ここは
小説の流れでは重要なポイントになっていて、家族とは何か、人間とは
何か、科学者の倫理とは何か、人のクローンは実験標本なのか、と、
考えさせる部分でもあり、また秀逸なラストをもたらすものでもあります。

そしてSFとしての面白いアイディアは、コドンシノニムの役割。遺伝子の配列に
内包されている様々な意味を読み取ろうと、遺伝子情報解析研究者は
考えているわけですが、このアイディアはまだ証明されてはいないフィクションです。
しかし、突然変異を調整する役割を配列に求めるのはとても面白いし、
イントロン内の繰り返し配列が、変異をおこすタイマーであるという
アイディアもとても面白いものです。
これがエンターテイメントになっていることに、アメリカのふところ深さを感じます。

コドンシノニムやフレームシフトについて中にもちゃんと説明が書いてあるけれど、
急に説明調になってしまうし、知らない人にとってはしんどい部分かも
しれないです。でもここが分かっていないとSF的アイディアの面白さは
半減してしまうのですが。

それでも小説のラスト、これの良さは半減しません。


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