生物学用語


コドンは、ハンチントンについての方で書きました。
シノニムとは同義語と言う意味で、
コドンには同義語があるのです。

つまり、3個組がGCAでもアラニンというアミノ酸を指定するけれど
GCCでもアラニンを指定します。

実はアラニンはほかにGCG,GCTでも指定されます。

それで『フレームシフト』の中では説明してませんが、普通シノニムは
平等ではありません。良く使うコドンとあまり使われないコドンがあります。
たとえば大抵の遺伝子ではアラニンを指定するのはGCAで、
めったにGCTという並びは出てこないという意味です。
(今本当のデータが手元にないので、このGCA,GCTはうそですが、
意味はそういうことです)

コドンには対応するアミノ酸があると書きましたが、それは各コドンに
結合するtRNAという物質があって、その物質が一方でコドンと
結合して、一方でアミノ酸と結合する仲介役をしているのです。

普通使われないコドンは、そのコドンに結合するtRNAも少量しか
細胞にありません。ですからレアコドン(まれに使われるコドン)を使って、
たんぱく質の合成を制御している遺伝子もあります。
そういうコドンのところで翻訳が一時停止してしまうってわけです。
生物の進化というか、生命現象の複雑さというか、ほんとにいろいろな
制御機構があります。

フレームシフトとは、フレームがずれる、というそのものずばりの意味で、
DNAに挿入や削除がおこって、読み枠がずれるという生物学用語です。
3個ずつ読んでいるので、1個はいるか取れるかすると、大問題。
ACC ACC ACCという配列にもし、途中に1個Gがはいってしまうと、
ACC GAC CAC C というように、以降の3個組は元とは
全然ちがうものになってしまいます。

この本『フレームシフト』では、フレームシフトを起こりやすくしたり、起こりにくくしたり、
起こる場所を指定したり、そういう機構は特定のコドンシノニムに
制御されている、というアイディアをだしてます。
起こりやすい場所があることは確かなのですが、それは今のところ
特定のコドンと関係があるとは思われていません。

また、特殊な能力をもっている主人公の恋人は、神経伝達物質の遺伝子に
フレームシフトが起こっているという設定なのですが、そのフレームシフトが
生殖細胞には伝わっていないというくだりもSF的に面白くしあがってます。
メチルシトシンがフレームシフトを訂正する機構に関わっているというのは
作者のフィクションです。

メチルシトシンとは、DNAを構成する4種類の塩基のひとつ、シトシン(C)がメチル化した
もので、インプリンティングと密接な関係があります。インプリンティングとは
刷り込みという意味ですが、遺伝子レベルでのインプリンティングとは、
母親と父親に由来する染色体のどちらか一方が不活性化されていることを指しています
どちらか由来の遺伝子しか読まないようになっているわけで、不活性化されたDNAは
多くの場合シトシンのメチル化が起こっています。

フレームシフトが起きるタイミングに関して、イントロン内のくりかえし配列に
よって制御されているというのもフィクションですが、繰り返し配列がもつ意味は
まだ十分にはわかっていません。

『フレームシフト』の主人公はこのフレームシフトを制御する機構を解明したとして
ノーベル賞を受賞するのですが、たしかにこの手の解明をした人は
受賞するかもしれませんね。


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