2005年その2                    ラテンアメリカ映画リストへ


Bicho de Sete Cabeças (Brainstorm)(2000年ブラジル)

「ビハインド・ザ・サン」でロドリゴ・サントロに心臓鷲づかみされ、
日本では見ることのできない彼の主演映画のDVDをブラジルから取り寄せた。
まさかブラジルのWEBショップからDVDを買うことになるなんて、
ほんの一年前でも考えもしなかったことだ・・(爆)。

原題は Beast of Seven Heads 「七つの頭をもつ獣」
そう、聖書のヨハネの黙示録に登場するアレである。
神を冒涜し、あらゆる部族、民族、国語、国民を支配する権威を与えられた獣。
地上の権力、諸悪の根源・・
キリスト教信者ではないわたしには、映画の中で宗教的なメッセージがあったのかどうか
わからなかったが、七つの頭をもつ獣に従う地上の人間たちの愚かさ、醜さを
描いている映画だと言える。

女性監督、Lais Bodanzky の作品。
ブラジルの精神病院の身の毛のよだつ実態をドキュメンタリータッチで描いた。

反抗的な息子ネトを全く理解できない父親は、息子のポケットのなかにドラッグを見つけて
彼をヘロイン中毒だと決め付け、ドラッグのリハビリも行っているという有名な精神病院に
無理やり入院させてしまう。(ドラッグは友人のものだったのだが・・)

病院ではヘロイン中毒かどうか、なにも調べはしない。
精神安定剤と電気ショックによって、おとなしくて無気力な人間にしているだけだった。
彼は退院を両親に何度も訴え、逃亡を試みるが、成功しない。

正視に堪えない恐ろしさ、ホラー映画よりもずっと、骨の髄まで凍えてくる。
人を恐怖のどん底に陥れるものは、幻獣や怪物、呪いなんかじゃない、、

ロドリゴ・サントロの、今を生きる若者らしさがとても新鮮だった。
どこにでもいそうな、少し反抗的で内向的な21才の若者、
なりきっていましたねぇ。強情と繊細、体当たりの演技が光っていました。

それに、とまどいをうかべる表情の美しいこと!
長髪や、ひげづらや、いろいろな雰囲気のロドリゴくん、見るべし!なんですが、
日本じゃ上映もレンタルビデオ化もなさそうですねぇ・・

この話は実話に基づいていて、モデルとなった青年は、今、社会復帰をして
ブラジルの精神病院の改善を求めた運動を続けているという。

非常に似たテーマのアルゼンチン映画「南東からきた男」と見比べると
その雰囲気の違いに驚く。
「南東からきた男」は、もっともっと過酷で残酷だが、不思議と叙情的で
思索的でもある。
いっぽう、こちらは、もっと直接的でわずかながら救いがあり、リアリスティックだ。

インテリジェンスのアルゼンチンに、アクションのブラジルって感じだ。
サッカーもそうかもしれない。
(2005.01.22)

 
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ネバーランド Finding Neverland (2004年 UK、アメリカ)

美しい映像、抑えた音楽、繊細な感情表現。
とても好きなんだけれど、微妙に本妻のことが気になって(爆)、
100%の好き!!になれないとこが辛い。

少年が大人になる時期を、実にうまく描いている。
早く大人になりすぎてもダメだけど、大人にならねばいけない時期もある。
すべてのエピソードが胸をうつ。

ケイト・ウィンスレットって、コスチュームものが似合うよねぇ。
古典的で堂々としているから、とても映えるわ。
pretend(フリをすること)の切なさが良かったよねぇ。

ジョニー・デップもこういう、子供の心を持つ大人という役ははまり役。
上手かったねぇ。。

映画はハナマルなんだけど、ストーリー的にここがねぇ、ちょいとねぇ。
実話だとしたら、どーしようもないんだけど、妻のメアリーが可愛そうなんだよねぇ。
心がすれ違ってしまい、寝室を別にしている夫婦、子供はいない。
デップ演ずるジェイムズは男の子4人を育てている未亡人シルヴィアを
プラトニックに愛し、擬似家族のように過ごす。
壊れたものは元に戻らないんだから、仕方ないんだけど、でも
ジェイムズはプラトニックだからやましいとこが無いと思ってるんだよねぇ。
で、メアリーが男性と夜遅く過ごすと、むっとするんだよねぇ。。
なんだかなぁ。。
 
 
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ハウルの動く城 (2004年日本)

未見の方は、レンタルビデオ待ちでいいんじゃない?
わたしは優待券で見たからいいけどサ。

原作がどうなのか、それはまったく知らない。
原作なんてどうでもいい、これは映画なのだから。
で、この映画で語りたいことって何???
もしかして、町並や自然、不可思議な城など、お得意の宮崎アニメの看板の
すぐれた映像を見せたいってだけなのかなぁ?

(イマイチに思った時ほどネタバレになってしまうので、白字に。
コントロールAか、マウスをドラッグしてください)

むやみやたらに爆弾が落ちる。
何のための戦争だかも、誰が誰と戦っているのかも、わからない。
やたらに町が燃えて家が壊れるが、人の「死」は出てこなくて、
妙におおげさで嘘っぽい。

ハウルは敵(敵って言っていいのか、ほんまはよく分からんが)の攻撃を
止めたいような行動をとる。
敵を妨害するには変身して力を奮わなければならず、長時間変身していると
元に戻れず魔王になってしまう可能性もあるらしい。

しかし、魔王になっちゃうかも、ってほど命がけで闘うってのに、
民衆のためとか正義のためとか信念のためとか、そんな感じじゃなくて、
自分のほうが魔法力が上だから、下っぱ悪魔は懲らしめてやるっ!って感じじゃない?
ソフィーが登場するまで、ハウルには守るべきものが無かった、と
自分で言ってるんだから、そう、それまではそもそも何のために戦ってるのか、
さっぱり分からないんだよねぇ。
子供のケンカレベルなんだ。
若者の鬱屈した怒り、とか、そういうレベルで闘ってるだけなんだ。

なんかね、戦争部分は単なる心象イメージで、青年ハウルが自分というものに
いらだっている様子や、世間の大人社会というものと闘っているってことを
描きたいのかなぁ・・と思えるんだが、
それなら、手の込んだ戦艦や爆弾、戦争画像をもっと減らしたらよかったのだ。

なんていうか、大人への階段をのぼる、愛を知る、若者成長記というストーリーと
宮崎アニメお得意のレトロ戦争画像が、噛みあっていないんだ。

これは全然反戦映画じゃないのに、一見反戦映画っぽく見せてるとこが悪いんだ。

ハートをなくしたハウルの、ハートを見つけて元に戻すというメインロマンスと
おばあさんになったソフィーが呪いを解いて元に戻るというサイドストーリーと
わけのわからない戦争をしかけてくるサリマン(かつてのハウルの魔法の師匠)の
ストーリーが、消化不良をおこして、「え?これで終わりでええんかい?!」

サリマンは、なんのためにハウルを追って、なんのために戦争をしてたんだろう???

戦争を心象イメージだと想定すると、大人社会への怒りに満ちたハウルと
大人の論理をおしつけるサリマン師匠ってわけで、
そこにソフィーの愛が加わり、ハウルはめでたく愛を知り、成長し、
自立したっ!めでたしめでたし(パチパチ)てとこなんだけど、
肝腎要めのロマンス部分が、薄い!!胸きゅんで心に焼きついたシーンが、、
無いぞっ、わたし(爆)。

あぁ、さっぱりワヤやわ。
脚本が悪すぎだよね。

うーーーん、ごめん、宮崎駿さん、ほんとにこれを作ったの?

#我修院達也 すごいねーーー!!!鮫肌のとき、とんでもない役者だと思ったが、声の演技もすごいじゃん!!!
彼はひかってました!! 
ごめんね〜、この映画を見て良かったと思えたのはここだけなんだ。。

(おっと、大泉さん、声は艶っぽくていいんだけど、あそこだけだったのね 笑)
(2005.01.25)
 
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APARIENCIAS (2000年アルゼンチン)

APPEARANCES 見た目ってことかな。英語字幕で。

たいした映画じゃないんだが、けっこうHQ的なツボを衝いているんだ。

人とうまく話せない、とりわけ女性が苦手な主人公カルメロが
仕事で彼の勤める会社にやってきたヴェロニカに一目ぼれをする。
ヴェロニカは美人で気さくで心やさしくて、お金持ちの一人娘で、
アメリカに住むリッチでハンサムなフィアンセがいて、このフィアンセは
性格も悪くなくて誠実で、、う〜む・・・
普通に考えるとカルメロに軍配が上がるはずがない(笑)。

ゲイだと勘違いされ、ヴァロニカの相談相手になるカルメロ。
ゲイを装うと普段の自分とは違って積極的に発言できるし、彼女も
頼りにしてくれる、というわけで、「自分はゲイじゃない」と
言えないまま、ずるずると結婚式前まできてしまう。

映画に登場するゲイは、いかにも、って感じのオカマ手つき、オカマ言葉、
センスが異常に古臭い。娘を頭ごなしに押さえ付けるヴァロニカの父親といい、
息子がゲイだと思って大騒ぎするカルメロの両親といい、すべてが古臭いステレオタイプで、、、何度も言うようだが、
たいした映画じゃないんだ。。。だけど、
ははは、結婚式前の息がとまるようなキスや、結婚式場での告白や、
なんかサ、人から「くさぁ〜っ」と言われようが胸きゅんになってしまった。

#カルメロを演じているAdrían Suar が素敵なんだなぁ。
彼は俳優というより、TVの売れっ子脚本家かつプロデューサーとして
現在は忙しいようだ。
(2005.01.27)
 
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TODAS LAS AZAFATAS AL CIELO (2002年スペイン・アルゼンチン)


ダニエル・ブルマン監督作品。邦題は「アル・シエロ 空へ」。
英語字幕で見た。
「El Faro」のイングリッド・ルビオが主演。
成熟した体つきと裏腹にどこか青くて痛々しい微笑みが切ない。
髪を下ろすととても幼く見えるのもどきんとする。

スタイリッシュで詩的な映像、白い白い世界、死と再生と愛の物語。
アルゼンチン最南端の町、ウシュアイアがその舞台にぴったりとはまっている。
物語は、自殺しようとした男女が偶然出会い、別れ、再び会おうとするお話。

妻を亡くして以来人生から喜びを受け取ることができない眼科医ジュリアンは
妻と出会った思い出の地ウシュアイアのビーグル水道に、彼女の灰を撒きに赴く。
そして凍死が一番楽な自殺だというテレビニュースを見て、雪山に登る。
予期せぬ妊娠をしたスチュワーデス、テレサは、未来に対する不安でおしつぶされ、
ウシュアイアへのフライト後、雪山へ登る。

小さなエピソードと偶然がとても上手いのだ。
空港の信号手の男と娘もいいし、
何度も登場するユダヤ系移民のタクシー運転手もいいし、
娼婦でもあり、観光フェリーガイドでもあるリリィも泣かせる。
sea lionあしか?やsea leopardひょうあざらしといった動物は、受精しても
胚がすぐに着床しないということを映画の中で初めて知ったんだが、
そのイメージは、子供を生む決心がつかないテレサの心の動揺と重なって、
子宮の中で浮く胚と同じ不安定で足場を失った生を感じた。
そういえば、この映画全体が、空と地面の間の、不確かでつかまるところのない
不安感に満ちている。

まだ生まれぬ子供は、「死」との対比における「生」であり、2度目の愛を
生きる覚悟・希望・約束でもある。
人生のセカンドチャンスを可笑しく切なく温かく描く「着床」の物語である。

#ビッグベアのようなかなり太った、おひげのロマンスヒーローである。
 

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